展覧会のお知らせ

<展覧会のお知らせ>


2015年12月30日水曜日

植物_銅_桐

その葉は成育という過程での役割を終えて、自ら落ちる
人の鑑賞の対象となるために、生命体から切り離される。

ニシキギ イチョウ カラスウリ

銅という鉱物が、段ボールの留め具として加工されて、少しの役割を終えて廃棄物となる。
桐の木は木材になり、お素麺を運び、廃棄物となる。
再び、銅に、桐材に戻る姿は、人の加工による完成体より、遙かに美しいのではないかな。

ラズベリー エリカ 銅の留め具


少なくとも、私がものに関われるとしたら、見ること、触れること、思うこと、それだけかもしれない。
ただそれだけの行為において、ものはどれだけ新しい生命性を帯びる事ができるんだろう?
それを見る方の心引くものになり得るんだろうか?

植物 桐箱 銅材

そんな事を思いながらの、ぼんやりな製作に本年も目を留めていただいた皆様、本当にどうもありがとうございました。


2015年12月29日火曜日

小さい葉ボタン

手のひらサイズの小さい葉ボタンです。

Brassica oleracea var. acephala f. tricolor アブラナ科アブラナ属

2015年12月28日月曜日

23th 小さい絵展

「ゆう画廊」の新年のグループ展、「小さい絵展」に参加します。

画像はクリックで大きくなります。


2015年12月25日金曜日

Église Saint-Éloi de Paris

パリでの展覧会の間、滞在させていただくアパートの近くの教会です。
時間毎に綺麗な鐘の音が聞こえます。
Église Saint-Éloi de Paris

2015年12月24日木曜日

Abbaye de Saint-Germain-des-Prés

パリのサン・ジェルマン・デ・プレ教会です。
「教会」はフランス語で「Église」ですが、この教会は「Abbaye」 「修道院」という言葉で名付けられています。
もともと、大きな修道院に併設されて、建てられたものだそうです。
Abbaye de Saint-Germain-des-Prés 2014

皆様、どうぞ素敵な聖夜をお過ごし下さい。

関連記事:「Saint-Germain-des-Prés

2015年12月18日金曜日

木の下_横

今年は、暖かい師走ですね。
茨城では、野菜が育ちすぎて出荷できず、畑に戻したりしているそうです。

皆さま、体調など崩されていないですか?


たんぽぽも咲いてたりして

2015年12月15日火曜日

コップのフチの太陽の塔

「コップのフチの太陽の塔」シリーズの「ひっかかり太陽の塔」です。

後ろからみるとちょっと斜め

あの有名な「コップのフチ子」さんを企画、デザインしたタナカカツキの作品です。
タナカカツキさんによるイラストも素敵です。

こちらは、「腰かけ太陽の塔」です。

かなりふんぞり返っていますね。

シリーズで何パターンあるのですが、二つで我慢しました。





2015年12月12日土曜日

カルーナ ブルガリス

カルーナ ブルガリスです。
先日ご紹介した「エリカ」と同じツツジ科で、やはり、ヒースランドに咲く花です。
Calluna vulgaris ツツジ科 カルーナ属

2015年12月10日木曜日

藤田嗣治展_MOMAT

映画「FUJITA」を観た後、東京国立近代美術館の「藤田嗣治展」に行ってきました。
映画公開に合わせて、全所蔵作品を展示するという展覧会でした。
 

私の(画家だった事のある)祖父も、(小磯良平に師事していた)父も、藤田嗣治の事は、日本の画壇とは一線を画した異次元の画家として、特別な敬意を持って話しておりました。小さい頃からその名に馴染み、作品も画集などで、たくさん見せてもらった記憶があります。
でもその後、だんだん実際の社会的評価はそれとは異なる事に気づいてきました。
映画「FUJUTA」のコピーも「あなたはフジタを知っていますか?」ですから驚きです。

けれど、私も藤田がこんなに多くの戦争画を書いている事は知りませんでした。

南昌飛行場の焼打  1938-39

先日ご紹介した藤田の著書「腕一本 巴里の横顔」には、「油絵への注文」という項があり、そこからは、藤田がいかに顔料や油など、物質としての絵具を大切にし、研究していたかが窺えます。
また、絵画は何十年先に見られる事も考慮すべきだと、書かれています。
その言葉通り、戦争画以外の作品は90年以上の時を経ても、ひび割れや変色もなく、藤田の目指した質感と思われるままに残っています。

タピスリーの裸婦 1923

藤田は陸軍軍医総監であった大好きな父親への思いもあり、戦争画に向かったと思います。
初期のものこそ、少年が描く絵のような明るさもあるのですが、だんだんと茶色い世界になってゆきます。

○○部隊の死闘-ニューギニア戦線 1943


たくさんの人物が描かれていますが、私には深い泥の海のように見えました。
この茶色い絵を見ながら、これは、油の褐変によるものか、当初からこの色だったのか考えました。
そして、これは全く私の勝手な見解なのですが、これは、油の褐変によるもので、しかも画かれた時から、予定されたものではないかと思うのです。
そこに藤田がどんな思いを込めたのかは諮り知れません。

ただこの展覧会は、いかに藤田作品が日本で評価されていないか、という事がひしひし伝わってくるものでした。

血戦ガダルカナル 1944


それは、この図録の素っ頓狂なまえがきにも表れています。

1920年代、パリで成功を収めた理由は何だったのか。なぜ日本に戻り、戦争画を制作したのか。戦後フランスに渡り、何を考えていたのか。藤田をめぐるさまざまな問いは、いまもわたしたちに未解決のまま残されています。
この秋、藤田の魅力/魔力と「MOMATコレクション」の底力をどうぞ感じてください。」


2015年12月7日月曜日

腕一本_巴里の横顔_藤田嗣治

先日ご紹介した映画「FUJITA」のモデルとなった藤田嗣治のエッセイ集です。
主に、「巴里の横顔」と「腕一本」が出典となっています。
明治の文豪のようなずっしりとした文体で、驚くような内容が次々と書かれていますが、人や物に対する愛に溢れており、藤田嗣治という人が立体的に浮かび上がってきます。
興味深い逸話がたくさんあり、何をご紹介しようか迷ってしまいますが・・。

後半に「現代大家」と題され、交流のあった画家についての文章があります。
藤田自身も自分をプロデュースし、著名な画家となるための努力を怠らなかった人ですが、無名時代の「ピカソ」が自分を売り込むために仕組んだ、ちょっと姑息で、かわいいエピソードがあります。
友人に画廊に行ってもらい「貴方の所にピカソの絵はないのか、是非みたい」と言わせます。
そうして画商を「ピカソの絵というのは一体どんなのか」と、ピカソを知らなければいけない破目に陥らせ、自分の絵に注目を集めさせたそうです。

一方、こういう事のできなかった「パスキン」や、「モデリアーニ」は、若くして自らの命を絶つ事となります。
「パスキン」と「モデリアーニ」の項は、多くは語らず、半ページにも満たない短い文章なのですが、心に響くものがあります。
そこのある「モデリアーニ」の姿は、「モデリアーニ」を主人公とした美しい映画「モンパルナスの灯」そのままです。


とても、すばらしい本なのですが、個人的には、未発表ノート、特に「夢の中に生きる」は掲載しない方が良いのではないかと思いました。


藤田嗣治が、日本に帰り、おかっぱ頭を切った時の一節です。

今日からオカッパ頭と呼ばれることはなくなったと同時に、新称イガ栗という名称が待ちかまえていることには気づかなかった。
怪獣から果物に変わった。動物園から抜けて植物園に移った。
私は、鏡の前におのれの顔を映して見入るとき、過去二十七年間の風貌は今日消滅して、私の顔が、今日もなお健在である八十七歳の老父に彷彿たるもを見出したとき、はじめて、自己自然の姿に立ち帰り、日本の国土に根を持つ民草の一本といて、生をこの安泰の恵みに浴し得ている有難さに感涙したのであった。
「河童頭新体制」藤田嗣治

2015年12月4日金曜日

CITROËN C4_Majorett

シトロエンC4のミニカーです。
私が乗っているのが、シトロエンC3で、C4は一つ大きい型のものです。

このミニカー、フランスのマジョレット社のものです。
そして、なんとガムのおまけなんですね。
ミニカーの後ろに見える袋がガム本体です。

他にも欲しい車種があるのですが、なかなか売っていないんです、このガム・・

関連記事:「CITROËN C3 Pluriel

2015年12月3日木曜日

銀杏の研究

こちらは、2014年1月にぎんなんを植えた銀杏です。
3片のぎんなんから、発芽したものです。
立派な木になってきました。
3片のものは雌株という説もありますが、葉っぱはびらびらです。

こちらは、その翌年に植えたものです。
こちらは、2片のぎんなんから、発芽したもの。
写真は少し前のものです。

こちらは、3片のぎんなんから発芽したもの。
なんか、みんなびらびらなんですけど・・。
銀杏の研究は続きます。

関連記事:「ぎんなん