展覧会のお知らせ

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2013年9月13日金曜日

復活「最後の晩餐」_タペストリー

修復前はただの茶色い矩形にすぎなかった部分に、修復により、一部、花柄のタペストリーが現れました。
「復活『最後の晩餐』」 修復後のタペストリー

このタペストリー部分は、1700年代の修復で、全く違うアラベスク模様に描き変えられていました。
下の写真の右ページ、右側がレオナルドの描いた花柄の復元図、左側が描き変えられた模様です。
なんとも大胆な修復を行ったものですね。
「復活『最後の晩餐』」 タペストリーの加筆部分とオリジナル

「八枚のタペストリーのうち、オリジナルの花柄が発見されたのは、わずかに左端の一枚からだけで、他の七枚にどのような柄が描かれていたのかは、もはや知るよしもない。もしかしたらレオナルドは、それまでに観察したあらゆる種類の花を披露するために、八枚のタペストリーすべてに異なる花柄を描こうとしていたのかもしれない。」
-片桐頼継

4 件のコメント:

  1. この修復の発見で、Giampietrinoの絵の価値が高まりましたね。
    タペストリーが花柄なのは、Giampietrinoの絵で明らかですから。

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  2. みっちさん、そうですね。
    ご紹介いただいたGiampietrinoの作品は、みっちさんの疑問点以外は、かなり正確なもののようですね。

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  3. 麻衣さん、みっちはGiampietrinoの絵が、細部で修復と違っている点について、こう思っています。

    ①Giampietrinoは、まったく正確に自分が見たものを、写し取った。
    ②だから、Giampietrinoがこの絵を描いた時、まさにこの絵はこういう具合に表されていたのではないか。
    つまり、イエスの口は閉じており、テーブルの皿に魚は無く、イエスの右袖はテーブルにかかっていなかった、可能性があると。

    どうしてそうなったか?
    最後の晩餐の完成は1498年ですが、1510年ごろには、もうかなり顔料の剥離が進んでいたと言われている。
    Giampietrinoがこの模写をしたのは、1520年。
    だから、Giampietrinoが模写した時、もうダヴィンチのオリジナルは、かなり痛んでいたのです。
    すでにダヴィンチは亡くなって(1519年没)おり、誰かが大胆な加筆・修復をしていた可能性があると思います。

    つまり、Giampietrinoは、最後の晩餐に第一次の大胆加筆が行われた後の絵を見て、複製を描いた。
    と、みっちは妄想してみましたが、どうでしょうか?

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  4. みっちさん 素敵な妄想ありがとうございます!
    今日暴風雨の中、ぼんやり私も妄想していました。
    完成後、20年程でこんな加筆がされたなんて…。
    でも、その後の事を思うとあり得るかもしれませんね。
    Giampietrinoが、わざわざ違えて描くという事も、考えて難いですものね。

    みっちさん説、有力かも!

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